製造業の引合い対応でAIによる効率化を試すなら、仕様書・図面注記からの条件抽出、過去の類似案件の検索、承認済み情報の提出書式への転記に範囲を区切ります。原価の見積りと納期の確約は、人が責任を持つ工程として残します。

部品加工の見積依頼を受ける営業担当者を想定し、依頼資料から提出前までの分担を示します。これは業務の組み方の提案です。AIで見積書が自動完成する、金額の精度が上がるという話ではありません。

引合い1件の「読む・探す・転記する」を分けて測る

まず、条件の読み取りと過去案件探しに、1件あたり何分使っているかを記録してください。AIへ任せる候補と、人が判断する工程を分けると、どこで手間が減ったかを確かめられます。

書類の読み取りと検索を、担当者による原価・納期の確認から分けた構成

工程 AIへ依頼する補助作業 人が受け持つ判断
条件を読む 材質・加工・数量・検査条件・
希望納期と記載位置を抜き出す
図面の使用版、読み違い、
抜け、不一致を確認する
過去案件を探す 許可された履歴から
候補と相違点を挙げる
今回の加工条件と
比較できる案件を選ぶ
原価と納期を決める この分担では依頼しない 材料・加工・外注などの費用と
生産予定を確かめ、原価・
提出額・回答納期を決める
提出書式に転記する 人が承認した項目を、
指定された欄へ写す
下書きを作る
値・単位・条件・版を照合し、
提出を承認する

次は自社で埋める記録欄です。時間の例や削減目標ではありません。AIを使わない現状と、使った場合を、同じ範囲の作業で比べます。

記録する実作業時間 現状(分) AI利用時(分)
資料の準備・読み取り 未記入 未記入
過去案件の検索 未記入 未記入
元資料との照合・修正 未記入 未記入
承認済み情報の転記・照合 未記入 未記入

AI利用時は、入力用の加工、指示の作成、処理中に拘束された時間、やり直しも該当欄へ含めます。案件ID、担当者、図面の枚数・版、資料形式を一緒に残してください。案件が違うなら、資料量や条件の複雑さも見て比較します。

原価算定や納期調整に使った時間、顧客・外注先・承認者からの返答待ちは別欄へ記録します。手を動かした時間の短縮と、提出までの経過時間の短縮を混ぜないためです。読み取りが速くても照合が増えたなら、その差も含めて判断します。

架空の引合い資料から、確定できない条件を残す

条件抽出で作るのは、見積担当者が元資料へ戻れる一覧です。図面の注記や依頼文に書かれた内容と、まだ決まっていない内容を分け、資料の食い違いをAIに埋めさせないようにします。

図面の注記と依頼書を並べ、条件表と照合する机上の構成

以下は、切削加工するブラケットを題材にした架空の入力資料と編集見本です。実在の取引や実際のAI出力ではありません。金額、所要時間、納期の日付は設定していません。

入力する引合い資料の見本

資料・位置 架空の記載内容
依頼メール・本文 「添付の図面B版で見積をお願いします。
数量と希望納期は調整中です」
仕様書・材質欄 「材質:アルミニウム合金。
材種は図面を参照」
添付図面・表題欄 「図番 BRACKET-X、A版」
添付図面・注記欄 「表面処理あり。
検査条件は別途協議」
過去案件メモ・履歴A 「同系形状、表面処理なし。
承認済み見積と図面への参照あり」

会社で利用を認めた文書対応AIへ、提供が許可された資料と次の指示を渡す想定です。図面画像を扱えない場合は、担当者が確認した注記のテキストで試します。その場合、図形や寸法線を読ませた検証とは区別してください。

指定した資料だけから見積条件の候補を抽出してください。
欄:項目/記載内容/資料名・版・位置/不一致または未確定事項。
記載がない値は「記載なし」、読めない箇所は「判読不可」としてください。
資料間の不一致は両方の記載を残し、どちらが正しいか決めないでください。
原価、単価、見積金額、回答納期を推定しないでください。
希望納期を、当社が約束する納期に読み替えないでください。

条件表と差し戻し先の編集見本

項目 残す内容 人が確認する先
図面の版 メールはB版、
添付はA版で不一致
営業が発注元へ使用版を確認し、
正しい添付を受け取る
材質・材種 仕様書はアルミニウム合金、
材種の記載はこの見本にない
技術担当が使用版の
図面を確認する
表面処理・検査 処理の指定詳細は記載なし、
検査条件は別途協議
営業と技術担当が
発注元へ条件を確認する
数量・希望納期 どちらも調整中 営業が必要条件を確認し、
生産管理へ渡す
過去案件との相違 履歴Aは表面処理なし 見積担当者が比較候補に
残すか判断する

この例では、使用版が確認されるまで条件表を確定しません。表に出た項目だけでなく、原本側からも照合し、抽出されなかった注記・別紙・寸法の許容差を確認してください。形が似ていることから、加工方法や検査の手間を同じと決めるのは避けます。

文書抽出の機能例として、MicrosoftのAzure Document Intelligenceは、Layoutモデルで文字・表・文書構造を抽出すると説明しています。また、同社の精度・信頼度の説明では、工程への人の確認の組み込みを挙げています。これは図面全体の解釈や加工可否を保証する説明ではありません。Microsoft「Document analysis models」、「Improve confidence scores」(2026年9月21日確認)

過去見積と図面は、検索できる状態と入力許可を別々に確かめる

過去見積が保存されていても、今回の条件で候補を探せるか、見積に対応する図面を開けるかを確かめます。それとは別に、図面や顧客情報を利用先のAIへ提供してよいかを確認してください。

図面と過去案件フォルダを結び付け、虫眼鏡で比較候補を探す構成

検索用の一覧は、案件ID、図番・版、材質、加工内容、数量条件、表面処理、検査条件、見積作成日、承認済み見積と図面の保存先をひも付けます。最初から全履歴を取り込まず、今回比較したい部品群の資料で、保存先まで戻れるかを確認します。

Excelなら項目名や単位をそろえ、PDFなら文字を検索できるかを試します。紙やスキャン画像は、OCR(画像の文字をデータにする処理)や手入力の後に、原本と照合してください。図番・版・材質記号が誤っていないかを見る作業も準備に含めます。記録自体が足りない場合は、AI導入前の社内記録の棚卸しで、元資料と判断の根拠の所在を確認できます。

形状による検索には、専用の仕組みもあります。キャディは2022年のCADDi DRAWER提供開始発表で、図面の形状・テキストの構造化と、類似図面を探す機能を説明しています。汎用チャットに図面を添付すれば社内の全履歴まで検索できる、という意味ではありません。キャディ「CADDi DRAWERの特徴」(2026年9月21日原文確認)

AIへ入力する前に、図面の外部提供条件、社内の利用承認、サービスの学習利用・保存・削除の扱い、検索結果を見られる人の範囲を確認します。顧客名を消しても、図面そのものを提供してよいことにはしません。判断できない資料は入力せず、管理担当者へ確認するか、前章の架空資料で手順だけを試してください。詳細は生成AIの情報漏えい対策へ進めます。

検索可能で入力許可も確認できた一覧には、次の指示を添えます。

指定した過去案件一覧の範囲で、今回の条件に近い案件を候補として挙げてください。
欄:案件ID/一致する条件/異なる条件/記載のない条件/見積と図面の参照先。
該当する候補がなければ「該当なし」としてください。案件を作らないでください。
過去の価格や納期を今回の回答として採用しないでください。

前章の履歴Aなら、「同系形状」は一致点、「表面処理なし」は相違点です。元の見積と図面を開いても検査条件が分からなければ、「同条件」と扱わず比較を保留します。検索結果には対象にした資料の範囲も残し、その範囲にない案件まで調べたと受け取らないようにします。

原価・納期を人が確定してから、承認済みの欄だけ転記する

原価と提出額は社内の見積責任者、回答納期は生産予定を確認できる責任者が確定します。その結果を受けて提出書式へ転記し、営業側の提出責任者が照合する分担にします。少人数なら兼任しても、何を確認したかは分けて残してください。

製造側と営業側の担当者が、確定した条件表と提出書式を照合する場面

原価の確認では、今回の材料・加工・外注・検査などの条件を担当者へ渡します。納期の確認では、数量、使用図面の版、材料や外注の手配状況、社内の生産予定を渡します。顧客の希望だけを回答納期にしたり、過去案件の原価を今回の原価として使ったりしない運用です。

転記の入力は、未確定の条件表とは別にした承認済み条件表と提出用の空書式です。AIへは、項目と転記先の対応を指定します。

承認済み条件表の値を、指定した提出書式の欄へ転記する下書きを作ってください。
値・単位・条件文は変更せず、承認済み情報のない欄は空欄として別途報告してください。
金額の計算、単位変換、納期の補完、有効期限や取引条件の追加はしないでください。
元の項目名と転記先の欄名の対応も示してください。

たとえば、抽出段階の「希望納期:調整中」を「納期」欄へ写した下書きは差し戻します。人が確定した回答納期を承認済み条件表へ記録してから、その値を使って転記し直します。これは前章に続く架空の修正見本です。

提出前には、見積責任者の確定した金額と、提出書式の値・単位・計算結果を照合します。合計計算は検証済みの見積システムや表計算の式で行い、人が確認します。転記によって式が上書きされていないかも確認してください。

見積の有効期限や支払・運送などの取引条件は、AIに作らせず、発注元との取引基本契約と今回の発注条件を確認します。条件が食い違う、意味が分からない場合は、社内の契約担当者へ確認し、必要に応じて専門家へ相談してください。一律の日数や個別契約の解釈はここでは示しません。

引合いが増えても、この分担では原価・納期の確定責任をAIへ移しません。承認待ちが増えたら、代行できる人とその権限、確認が終わらない案件の保留方法を決めます。図面の改訂や数量変更を受けたときは、営業が変更箇所を担当者へ戻し、必要な再算定・再確認と承認を経て提出版を更新します。

引合い1件の工程別時間、検索に使える資料、原価・納期を決める担当者をそろえると、どの補助作業を試すかを具体的に話せます。