介護記録の負担を減らすなら、「ケアの場で事実を記入する時間」と、「記録から申し送りや月次資料へ書き直す時間」を別々に測ります。生成AIが下書きに使えるのは主に後者です。前者は入力方法や記録様式を変えることで短くなる可能性がありますが、観察した事実の確認まで省けるわけではありません。

申し送り文を作れた時間だけを「記録業務の削減」と数えると、読み取り、修正、原記録への照合、月次の確認が抜けます。この記事では三工程の分担、手書き・音声・端末入力の違い、個人の介護データを使わない作業見本、測定表を示します。

介護記録の現場記入・申し送り・月次転記を分ける

記録業務は、①ケアの場で事実を残す、②次の勤務者へ必要な情報を取り出して並べ直す、③月次資料へ必要項目を移す、の三工程に分けると改善場所を選びやすくなります。申し送りや月次資料は、最初に記入した原記録から作る別の用途の文書です。月次資料には、たとえば月間の実施状況の集計や、ケア計画の見直しに使う資料があります。使う書類と欄はサービス種別・事業所によって異なります。

現場の原記録を起点に、申し送りと月次資料へ情報を分けて使う三工程

工程 人が確かめること 先に試す仕組み 生成AIを試すなら
現場記入 観察・実施した事実、時刻、記入者、未確認事項 項目の整理、選択式入力、現場端末、音声入力 表現の整形を試す場合も、元の発話やメモと照合する
申し送りへのまとめ直し 次の勤務者に渡す対象、優先順、未確認事項 原記録の共有、検索、決めた項目だけの取り出し 事業所が利用を認めた環境で候補文を作り、担当者が原記録と突き合わせる
月次資料への転記 対象期間、集計対象、記載先の欄 既存システムの帳票出力・データ連携、重複項目の整理 文章欄の下書きを補助する。件数や対象期間は元データで確認する

ここでいう「帳票出力」はシステム内の記録を所定の書類に書き出すこと、「連携」は別の書類やシステムへデータを渡すことです。

厚生労働省は、情報通信技術(ICT)を使った帳票への転記削減や同時共有に加え、入力の定型化・チェックボックス・音声入力を紹介しています。これはICT全般についての説明であり、生成AI単独の効果を示すものではありません(厚生労働省「情報共有の工夫」、2026年9月25日確認)。同省の「記録・報告様式の工夫」は、重複する帳票・項目を見直し、誰がいつ記入し、チェックするかを決めるよう示しています。生成AIを追加する前に、この重複をなくすだけで済む工程がないかを見ます。

手書き・音声・端末入力で、AIを置く場所は変わる

手書きなら読み取って電子化する工程、音声なら文字に直して確認する工程、端末入力なら既存データを取り出す工程が先にあります。どの方法でも、生成AIに渡せる状態の記録があるかどうかで、申し送りの下書きまでの手間が変わります。

紙のメモ、音声入力、タブレット記録がそれぞれ異なる経路で共有用の情報になる比較

現在の記入方法 まず減らせるか確かめる仕事 AIを試す候補の工程 人が確認すること
手書き 同じ内容の再記入、紙から端末への転記 読み取り後の文字の整形と、申し送り候補の作成 判読不能・欄外の追記・読取誤りを原紙と照合
音声 キーボード入力の時間 文字起こし後の文の整形と、申し送り候補の作成 誤認識、話者、周囲の音、発話していない事実の混入
端末入力 再入力、対象記録の探し直し 既存機能で足りない場合の申し送り候補・月次文章欄の下書き 対象記録の範囲、更新時点、元の記録への参照

たとえば紙の記録を画像化しても、読めない文字の確認が増えれば、後工程の合計時間は減りません。現場端末へ移せるなら、紙をAIに読ませる案と比べます。音声入力も「話す時間」に加えて聞き返しと修正を測ります。端末にすでに記録があるなら、検索・共有・帳票出力で二度書きを避けられるかを確認します。これらは製品の性能比較ではなく、自社の現行フローを切り分けるための条件です。

申し送りの下書きは原記録への参照付きで作る

試行時は、元の記録を特定する番号や日時と記載箇所を残し、記入者が付けた区分があれば申し送り候補へ転記します。区分がない記録の優先度をAIに決めさせず、人が確認します。紙なら日付・時刻・記入者・用紙の位置などで元の記録に戻れるようにします。以下は個人の介護データを含まない架空の編集見本であり、実際のAI出力や事業所の導入例ではありません。

元の記録カードから参照線を保ちながら申し送り候補を並べ、職員が確認する場面

段階 作業見本 確認する人
入力の準備 対象期間と元の記録をたどる印を決める。事業所が利用を認めていないチャットへ利用者情報を貼らない 記録・情報管理の担当者
AIによる候補の作成 利用を認めた環境で「元記録の番号や日時/記載箇所/事実/人が付けた区分」を参照し、区分を変えずに申し送り候補の欄を作る 申し送り担当者
照合と修正 原記録を開き、主語、時刻、事実と推測の区別、抜け、重複を確認する。根拠のない一文は削除する 当該記録を扱う職員
共有 確認済みの候補だけを、事業所で決めた申し送り手段へ載せる 申し送り責任者

下書き用の指示文も、まずは項目名だけで設計できます。実データを使う場合の利用環境は次章の条件で事業所が決めます。

「元の記録を特定する番号や日時と記載箇所を残してください。記入者が付けた区分だけを要対応・継続観察・未確認の候補欄に転記し、区分のない記録は『区分未定』に置いてください。区分や優先度を推測せず、元記録にない事実・評価・対応方針は補わないでください。」

架空の業務メモ→三分類の候補文→人の修正見本(AIは実行していません)

段階 内容
架空の入力メモ(区分は人が付けたもの) 「R-01[要対応]:次勤務帯へ渡す帳票の未記入欄を確認する。R-02[継続観察]:端末間で記録が反映されているか次勤務帯も確認する。R-03[未確認]:申し送りの確認担当が決まったかどうかは未照会」
誤りを含む候補文の見本 「要対応:帳票の未記入欄を確認(R-01)。継続観察:端末間で記録が反映されているか確認(R-02)。未確認:申し送りの確認担当は決定済み(R-03)」
人が入力メモと照合した後の修正見本 「要対応:帳票の未記入欄を確認(R-01)。継続観察:端末間で記録が反映されているか確認(R-02)。未確認:申し送りの確認担当が決まったかどうかは未照会(R-03)」

これは利用者の状態やケア内容を含まない、申し送りの形式だけを示す架空の業務メモです。候補文も実際のAI出力ではありません。人はR-03の元メモにない「決定済み」を削り、確認担当の決定状況は未照会と戻します。AIは実際のケアの優先度や継続観察の必要性を判断しません。

AIの要約と正式な記録を混同しない

申し送りの候補文は、確認前の作業物です。元の介護記録を上書きせず、修正が必要なら誰がどの原記録を確認したかを追えるようにします。正式な記録に何を残すか、誰が承認するか、保存や訂正の扱いは、事業種別と事業所の規程に合わせて確認します。

原記録を保存したまま、別の申し送り下書きと照合チェックを行う職員

緊急度やケア方針をAIの文面だけで決めず、候補文を元の記録と照合してから共有します。これは事業所で検討する運用例です。

個人情報保護委員会は2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、個人情報を含むAIへの指示文(プロンプト)が特定された利用目的の範囲内かを確認するよう求めています。本人の同意なく個人データを入力し、応答以外の目的で扱われる場合には法違反となる可能性があるとして、機械学習への利用有無などの確認も促しています(2026年9月25日確認)。また、同委員会の医療・介護関係事業者向けガイダンスは、介護関係記録に記載された病歴や障害の事実などを「要配慮個人情報」の例に挙げています。これは取扱いに特に配慮を要する情報の区分です。氏名を消すだけで入力できると判断せず、記録の内容、契約・設定、事業所の規程を確認します。

実データを扱う前に、記録管理と情報管理の担当者が利用環境を決めます。介護記録ソフト内の機能、法人向けAI環境、AIを使わない既存システム内の検索・表示変更を候補とし、各候補について次を確認します。

  • 入力した情報が学習など応答以外の目的に使われるか、契約と設定で確認できるか
  • 入力と出力の保存先、保存期間、削除方法を確認できるか
  • 閲覧・操作できる職員の範囲を絞れるか
  • 元の記録へ戻る手段と、候補文を正式な記録へ反映する権限を区別できるか

厚生労働省のガイドライン一覧には、正式名称「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」が掲載され、2026年4月1日最終改正・同日施行と記されています(2026年9月25日確認)。記録の保存・訂正や行政による確認での取扱いをこの記事から一律に判断せず、自事業所のサービス種別に応じた規程を確認し、不明点は指定権者(事業所を指定する自治体などの機関)・所管課に照会してください。

削減分数は三工程と確認作業を同じ表で測る

「AIで何分減るか」は、現行の手書き・音声・端末入力の方法と、試行後の確認作業を測らない限り答えられません。同じ部署・勤務帯・種類の記録を選び、現行と試行後を同じ日数ずつ測ります。各担当者が作業の開始・終了時刻を記し、集計担当者が工程別の人手時間を合算します。

三工程の時間と照合・修正時間を空欄の測定表に記入する担当者

工程と測る単位 現行 試行後
A1 現場での記入・入力、紙から端末への転記・撮影操作の合計[分] [ ] [ ]
A2 記入の読み返し、原紙と転記・読取結果の照合・修正の合計[分] [ ] [ ]
A3 記録件数[件] [ ] [ ]
B1 申し送り対象を探し、選び、下書きを作った合計[分] [ ] [ ]
B2 元記録との照合と候補文の修正に使った合計[分] [ ] [ ]
B3 申し送り回数[回] [ ] [ ]
C1 月次資料の対象を拾い、転記・下書きに使った合計[分] [ ] [ ]
C2 元データとの照合と月次資料の修正に使った合計[分] [ ] [ ]
C3 月次資料の作成回数[回] [ ] [ ]

現行のA2・B2・C2にも、すでに行っている読み返しや照合の時間を記入します。試行後にAI候補を直した時間はB2またはC2、現場入力を直した時間はA2に入れ、作成時間と重複させません。比較条件として、対象利用者数、サービス種別、勤務帯、記録の種類も併記してください。

実測値を記入してから使う式は、工程ごとに「現行の1回あたり分数=(現行の作成分数+照合・修正分数)÷現行の回数」「試行後の1回あたり分数=(試行後の作成分数+照合・修正分数)÷試行後の回数」「差分[分/回]=現行-試行後」です。Aは記録1件あたり[分/件]、Bは申し送り1回あたり[分/回]、Cは月次資料1回あたり[分/回]で比べます。回数が0なら割らずに「未測定」とします。月次締めを含まない期間ではCを0分とせず、現行と試行後の月次締めをそれぞれ測ってから比べます。

この表は公的な標準指標ではなく、事業所内の比較用に設計したものです。観察・ケアの実施や専門職の判断に使った時間は、記録作業の削減分数へ混ぜず、別枠で残します。差分がマイナスなら負担増です。記入漏れや申し送りの訂正件数も横に記録し、速くなっても確認負担や誤りが増えていないか確かめてください。

最初の1週間はAとBの開始・終了時刻と回数を記録し、Cは月次締めで別に測ります。Aが長ければ様式と入力方法、B・Cが長ければ共有・転記の仕組みを見直します。照合・修正が増えた工程では、AIに任せる下書きの範囲を縮めて再測定してください。評価項目を広げる際は、AI導入の効果を測る方法も参照できます。